#029 虫が苦手でも...絵本「きゃああああああああ クモだ!」

 私は虫が苦手です。

 といっても、子どもの頃はダンゴムシを集めてダンゴムシボーリングなるものをやってみたり、素手でトンボを捕まえるのが得意だったりと、たぶん好きだったと思うんですよね。

 ただ、中学生になったときだったか、部屋の掃除をしているとき、黒っぽい紙らしいものが部屋の隅に見えました。

 その頃は近眼でもメガネをかけたりかけなかったり。そのときはメガネをかけていなかったので、黒っぽい紙らしいものが何かよく分からずに手に取ってみたら...クロアゲハの死骸が手に取るなりパラパラーっと粉になってしまいました。

 ・・・それ以来、虫は苦手。

 ということで、今回紹介する絵本は「きゃああああああああ クモだ!」です。



きゃああああああああ クモだ! (児童図書館・絵本の部屋)


 ここからなネタバレを含みます。ご注意下さい。


 ここのこは ひとりぼっちの クモ。
 あたし、にんげんの ペットに なりたいの。


 このうちの ペットにね!


 そうだ、
 あたしが どんなに ダンスが じょうずか おしえてあげよう。
 ここの ペットは だれも あたしみたいに おどれないもの!

 「みて、みて! あたしの おどるとこ!」


 「きゃああああああああ クモだ!」

 「どっかに いって しまえ!」


 おーやおや!
 じゃあ、あたしが どんなに きれいずきか おしえてあげる。
 ここの ペットは だれも あたしみたいに せいけつじゃないもの!

 「みて、みて! あたしの あらうとこ!」


 「きゃああああああああ クモだ!」

 「どっかに いって しまえ!」


 まあまあ!
 じゃあ、いいわ!
 あたしが どんなに てが かからないか、おしえてあげる。
 ここの ペットは だれも あたしみたいに じぶんで ごはん たべられないもの!

 「みて、みて! あたしの たべるとこ!」


 「きゃああああああああ クモだ!」

 「どっかに いって しまえ!」


 わかったわ。
 ここの ひとたちは だれも あたしが いらないのね。
 そとに でてって、ひとりで くらすわ・・・

 ・・・おにわでね。


 「みんな そとを みて!」

 「わぁー!」「なんて きれいなの」

 あら! あたしのこと きにいったみたい。


 みて、みて! ドライブよ!
 みて、みて! おかいもの!
 みて、みて! ゆれてるの!

 わたし、ほんとうに ほんものの ちゃんとした ペットよ!

 あたらしい かぞくが できて、
 とっても しあわせ。 そうだわ・・・


 ・・・おともだちを みんな よんであげようっと!

 「きゃああああああああ クモだ!」


 おしまい。


 このお話、挿絵を見ながら読まないと面白さ半減どころか、文字だけでは面白さが絶対に伝わらない絵本です。

 絵本の醍醐味を感じることができる1冊だと個人的には思います。

 表紙を目をこらして見てもらえればお分かり頂けるかもしれません。この絵本に描いてあるクモの巣にはキラキラ加工がしてあって、角度によってキラキラ輝くんですね。↓はネットから拾った原書の挿絵の一部分ですが、クモの巣がキラキラしているのがお分かり頂けるでしょう。




 最後のオチも想像できると思いますが、家の中で何匹ものクモたちがクモの巣をはりめぐらしています。ただ、このページに描かれているクモの巣は普通のクモの巣。キラキラ輝くクモの巣は、外にはってあるときだけなんですね。そういう挿絵の演出が憎いです。


 ちなみに、「きゃああああああああ クモだ!」はの原書は英語です。



Aaaarrgghh! Spider!


 日本語では「きゃああああああああ」ですが、英語だと「あああああああああ!」とでも言うのでしょうか?

 叫び声ひとつとってもお国柄の違いがあって面白いです。

 ただ、翻訳版の表紙の「あ」の数を数えると7個なのに、タイトルの「あ」の数は8個。これは誤植なのか演出なのか・・・どうでもいいことが気になってしまいました。

 蜘蛛の足の数が8本だから、「あ」の数も8個にしたのかなぁ…と、思ったのは深読み過ぎでしょうか?

 うーーーん??? ・・・ますます気になります。




 また、今回紹介した「きゃああああああああ クモだ!」のように、同じフレーズが何度も登場して、それぞれ違う展開になり、最後はきちんとオチがある...という絵本も外国の絵本に多いような気がしますね。

 すぐ思いだせるのは、「あらまっ!」と「どうするジョージ?」。



あらまっ!



どうするジョージ!


 どちらも、タイトルと同じ言葉が何度も出てきて、読んでいる人間の笑いを誘います。

 ・・・読み聞かせとなると同じフレーズでも読み方に工夫が必要となってくるので、なかなか難しい絵本だったりします。



 さて、冒頭で「管理人は虫が苦手」と語っていますが、実は絵本においては昆虫ものは大好きで、よく絵本を借りては読むことが多いです。

 自分なりにこの辺のちぐはぐ感を考察してみました。

 おそらく、クロアゲハの死骸を手に取ると粉々になって散りになってしまった。それを目で見て肌で感じた瞬間に・・・「死=塵になって何もなくなる」というものを本能で感じたからかなと。

 幼い頃は、虫が死んでしまっても「死」というものはほとんど意識したことはありませんでした。それだけにショックでしたし、「生と死」というものを意識したのかもしれませんね。

 特に蜘蛛に対する思い入れは、おそらくこちらも幼い頃に読んだ芥川龍之介作「蜘蛛の糸」の影響からか、家の中で蜘蛛を見つけても見て見ぬふり。あまり大きいとさすがに家の外に出しますが、小さいならばそのまま。

 亡くなった父は旅行会社勤務だったので、子どもの頃、一緒にお得意様に挨拶に行くのが楽しみでした。お寺関係にお得意様が多かったようで、「蜘蛛の糸」を読んだのもお寺で。確か、奥様が読んで聞かせてくれました。「怖い」というよりも「蜘蛛ってすごいんだ」という印象のほうが強かったです。

 お寺で読んだだけに説得力がありすぎて・・・いまに至ります。

 そう思うと、子どもの頃に読んだ絵本の影響は、あとあとまで続きますね。もちろん、大人になってから読んだ絵本も私への影響度は大きいです。



くもの糸


 「蜘蛛の糸」のお話をまだ読んだことがないという方がいらっしゃいましたら、青空文庫で「蜘蛛の糸」の全文を読むことができます



 米国人にとっての蜘蛛は・・・「スパイダーマン」もあるぐらいですから、受け入れられているということなんでしょうね。ギリシャ神話においても「蜘蛛にされたたアラクネ」があるぐらいですから、お話と蜘蛛というのは結びつきが深いように思いました。



ギリシャ神話「蜘蛛にされたアラクネ」

 むかし、リュディアという地方に、アラクネと言う娘が住んでいました。

 アラクネは、機織(はたおり)が大好きで、またとても上手だと評判の娘でした。

 その仕事振りと出来栄えは、とても人間技とは思えないものだったので、「もしかしてアラクネは、技術の神アテナ様から、機織の技術をじきじきに伝授されたのではないか?」と、うわさになるほどでした。

 しかし、このうわさを耳にしたアラクネは、それに対して激しく怒り、人々にこういいました。

 「私の技術はアテナ様から教わったわけでは無いわ。それどころか、機織の腕前ではアテナ様なんかには負けないでしょうし・・・。」

 この恐れを知らぬアラクネの暴言に、人々は「その言葉を撤回して、一刻も早くアテナ様に懺悔なさい。」と諭しましたが、アラクネは「本当のことを言って何が悪いの?」と聞きません。人々は「何事もなければよいが・・・。」と、半ばあきれながらもアラクネを心配していました。

 しかしある日、とうとうこのアラクネのことがアテナの耳に入ってしまいます。当然、このような人間の思い上がりを女神として見過ごすわけにはいきません。しかし、慈悲深いアテナは、彼女をすぐに罰することはせず、このアラクネの勘違いを悟らせるために人間界に降りていきました。

 まず、アテナは自分を老婆の姿に変え、アラクネに「おまえは人間の分際で神々を侮辱する事が許されると思っているのかい?今なら間に合うから早くアテナ様に謝ってきなさい。」と、諭しました。

 しかしアラクネは、聞く耳を持たず、「今すぐ腕比べをしても良い。早くアテナをつれてくるが良い。」とまで言い出しました。これにはさすがのアテナもあきれ果て、とうとう女神の姿に戻り、アラクネと機織の腕比べをする事になりました。

 競技はどちらも甲乙付けがたた。アテナから見てもアラクネの技術は非の打ち所が無い素晴らしいものです。しかし、アラクネの織り上げる布には、ゼウスが人間の娘達を誘惑している様子が描かれており、なおも神々を侮辱していたのです。

 アテナも、さすがにこれには腹を立て、アラクネの布を引き裂き、手に持っていた杼(ひ:機織の道具)で、アラクネの頭を打ちたたきました。

 この時、やっと自分の犯した罪に気がつき、その恐ろしさに絶望したアラクネは、自殺を図ってしまいます。しかし、これを哀れに思ったアテナは、彼女の命を助け、彼女を蜘蛛に変えることでその罪を許しました。

 こうして、助けられたアラクネは、今でも空中にぶら下がって、懸命に機織を続けているのです。


 この記事を執筆してから数時間後に気がつきました。

 蜘蛛は昆虫ではなく、節足動物でしたね。慌てて、「昆虫が登場する絵本」カテゴリーから外しました。

 だから、苦手じゃないのかしら?…いえいえ、ムカデは大の苦手なので、足の数がポイントかもしれません。
 
 それから、タイトルの「あ」の数が7個の件、横浜市内立図書館の蔵書検索結果では「きゃあああああああ クモだ!」のタイトルの前に「誤植」と表記されていました。ご報告まで。